寄稿 メタボ宣告からのランニング

寄稿文

江原 修(昭56学子)

【最初のきっかけ】

 運動しようと決心したきっかけは、人間ドックでのメタボ宣告です。当時、単身赴任で都内に勤務、食生活が乱れたのが引き金で、よく見かける下腹の出た中年のおじさんでした。保健婦さんの指導により「とにかく運動」と言われ、1万歩/日の目標を設定、1万歩になるまでは家に帰らないと決め、夜中に付近の住宅街をうろうろと、どうみても不審者でした。
 1年後にはそれなりに成果が出て、保健婦さんの指導も無くなりました。ただどうせなら標準体重まで減らそうと歩き続けましたが、頭打ち状態で減らない、どうしたものかと悩んでいました。

【きっかけ2:ランニング】

第2のきっかけは、正月の福袋でマラソンセットを購入、早速走ってみるも2kmでダウン、42km走る人が違う世界の人に見えました。そんな中、社内で同じように悩んでいるTさんと出会い、二人でランニング大会へエントリーしモチベーションをあげることになりました。初大会は台湾の高雄でファンラン(3.5km)、いきなり海外デビューで、この時57歳11ヶ月でした。
 その後Tさんと一緒に皇居を走るようになり、最初は社内、後に友達の輪で社外の方も加わり10名超えのランナーが集まり、月一で皇居ランを楽しみ、神田でのお疲れ様会が定例化しました。2回/月程度のランニング大会参加もあって体重も標準体重へ、いくら飲んでも食べても標準体重へ戻るので、飲食については全く気にしなくなりました。そして1年後、ランナーデビューした高雄の同じ大会で無謀にもフルマラソン(42km)に挑み、ゴールはしたものの30km以降は「なんでこんなきつい思いをしているのだろう?」と歩くも、ゴールしたら「もっと練習して次は歩かないぞぉー!」と思っている自分がいました。

【トレランとの出会い】

ところが、新型コロナウィルスの影響で屋外での運動が困難な状況となり、エントリーしていたマラソン大会等も開催困難で在宅勤務での屋内生活が基本となり、また体重が増加し始めました。なんとかしようと思い人があまり来ない人気のない低い山への一人ハイキングを休日に楽しむことで、少しでも運動不足を解消しようとあがきました。
 そんなハイキング中、登山道を走り抜けていく方々を見て、自分も出来るかなと思い始めたのがトレイルランニング(トレラン)との出会いです。
 歩いている時はあまり気にならなかったのですが、走ってみると上り下りに加え、木の根や草・石・ぬかるみと、刻一刻と状況が変わり、油断すれば転倒、崖下転落の危険と隣りあわせの世界があり、徐々にのめり込んでいきました。

【ロゲイニングとの出会い】

 また、ランナー仲間から伊豆大島でのロゲイニングなる大会に誘われ参加したら、これまた楽しくなり、伊豆大島へ毎年通っています。ロゲイニングとは現代版オリエンテーリングとも言えるのですが、地図とコンパスでチェックポイント(CP)を探し、写真を撮って時間内にゴールする競技です。制限時間内にどのCPを回るかを考えながらチームメンバーの体力と相談しつつ伊豆大島の自然を満喫しながら走り、ゴール後は温泉に入ってメンバーと美味しいビールを楽しんでいます。

【旅ラン】

 最近は年齢的に早く走るのは難しいので、タイムでなく「旅ラン」と呼んでいますが、マラソン大会等が無ければ絶対行かない土地へ行って走り、プラスで地域を観光することが楽しみになっています。
 プロランナーの川内さんも旅ラン好きで、彼が推奨する国内で人が住んでいる地域でのランニング大会として、最東端の根室、最西端の与那国島、最南端の石垣島、最北端の稚内の各大会参加を私も達成しました。次は離島での大会参加を計画中です。

  2024年根室にて
【最後に】

ここまで楽しめているのも、きっかけと良きメンバーに恵まれたおかげと思っています。定年退職した現在でも月一でメンバーと皇居を走っています。
 ちなみに私事ですが、国内外含めたマラソン等、トレラン、ロゲイニングへの参加回数は、この10年で180大会を超えました。
 先日、とある離島の大会で、最高齢93歳の方が参加されていました。私はまだ68歳、体は動くようなので、大会参加回数を更新予定です。

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