水戸勝田支部 『元気会』報告 (令和3年7月度)

2021年7月9日

元気会幹事 天野慶次郎(昭56学機)

令和3年7月度の元気会(自己啓発・グループ勉強会)を開催しましたので以下に講義内容を紹介します。

今回は宮田 武 氏(昭38学精)による「生物模倣技術の事例」です。

生物模倣技術の事例

      開催日:2021年7月8日

      講師:宮田 武(昭38学精)

生物模倣技術とは

生物が太古の時代から進化の過程で培ってきた優れた能力は無尽蔵にある。それらを解明し、色や形、構造、機能、行動などを模倣し応用する技術が生物模倣技術(バイオミメティク、バイオミミクリー)である。

バイオミメティクス(biomimetics)という言葉は1950年代に米国の神経生理学者O.シュミットが提唱した。バイオミミクリー(biomimicry)は1997年米国のサイエンスライター J.ベニュスの著書「自然と生体に学ぶバイオミミクリー」によって普及し、今後、環境への負荷を低減し持続可能性を高めるために、「自然から学び模倣する技術」として展開することに期待が高まっている。

以下、いくつかの事例と関連するトピックスなどを列挙する。

1.カタツムリの殻

 LIXILの研究部はカタツムリの殻がいつも清浄に保たれていることに着目した。その仕組みを調べて、殻の表面全体に幅数百ナノからミリサイズの様々な溝があり、その溝に常に水をため、汚れの元となる油が付着しても、雨で流れ落ちてしまうことを突きとめた。

この仕組みを建物の外壁に応用するため試行錯誤を繰り返し、親水性外壁の開発に成功した。この外壁材は、表面にシリカ成分を塗ることにより、空気中の水分を吸着し、カタツムリの殻より数十倍から数百倍薄い水の膜を形成させることに成功した。その結果、埃や排気ガス等の汚れの付着を防ぎ、汚れが付着しても空気中の水分や雨水等を利用して汚れを洗い流すことを可能にした。

2.ぶつからない魚の群れ

無数の魚が群れになって泳ぎ、ぶつかることなく一斉に方向を変える光景がある。その魚たちには胴体に側線器官という水流や水圧などの変化を感じる器官があり、これによって衝突を防いでいる。しかも反応速度が速く、わずかな水流でも即座に感知し全ての魚が一瞬で方向転換することができる。

これらのことから次のような、3つの法則が成り立つと考えられている。

  • 離れたら近づく(接近)
  • 近づきすぎたら離れる(衝突回避)
  • 中間の位置にあるときは同じ方向に向きをそろえる(並泳)

日産自動車は先進運転支援技術の進展に向けてこの法則を用い、衝突せず自由に群走行するロボットカー「EPORO」を試験的に開発した。センサーや通信機能によりお互いの状況や周囲の環境を把握し、魚の群れのように自由にぶつからずに走行することに成功した。

3.ハダカデバネズミ

ハダカデバネズミは、アフリカ大陸東部のサバンナ地帯で地下にトンネルを掘り、20〜30匹、中には300匹程度の群れで暮らしている。トンネルの中は常時30℃程度に保たれ、湿度もあまり変わらない。この安定した環境に適応し体毛が退化してハダカになったらしい。また、唇を突き破って飛び出している上下の出歯でトンネルを掘り進めている。

 このネズミは次の特徴がある。

● 一般的なネズミの寿命は数年であるのに対し10倍の30 年も生き、一般的なネズミはがんで死亡する例が多いのに対しがんにならない
● トンネルの低酸素状態に対し高い耐性を持っている
● 酸性物質に触れた際の痛みや唐辛子の辛さを感じず、体温調節できない唯一の哺乳類

長寿で、がんにならないという特徴に研究者たちの関心が高まっており、ロチェスター大学の研究グループは細胞から高分子量ヒアルロン酸をヒトやマウスの5倍以上分泌していることを発見した。これががんを未然に防いるのではないかと発表し関係者たちから注目をあびている。

4.ハスの葉

ハスの葉の電子顕微鏡写真

ハスの葉柄の中央にある小さな穴はレンコン(地下茎が肥大化したもの)の穴とつながっており、ハスの葉が汚れて穴がふさがるとレンコンに酸素を供給できなくなってしまう。そのためハスの葉には清浄さを維持するための撥水と自浄機能とがある。

そのしくみは、表面に5~15ミクロンの毛のような突起物が20~30ミクロンの間隔で付いているうえに、プラントワックスで覆われている。この機能はハスの葉を研究したドイツの植物学者W.バルトロットにより1997年に発見され、ロータス効果と名付けられた。この効果を応用した製品の一部に次のような例がある。

・傘、しゃもじ、樹脂加工のフライパン ・塗料 ・防水スプレー
・コンクリート型枠 ・ヨーグルト製品のフタ ・LED信号機(開発途上) 

5.ヤモリの指

(「夢ナビ」から引用)

 ヤモリは、足裏に吸盤も粘着性の分泌物も無しに指一本で天井にぶらさがれるほど強い接着力がある。ヤモリの指には、趾下薄板(しかはくばん)と呼ばれる器官があり、その表面には、細かい毛がびっしりと生えている。太さミクロンサイズの剛毛があり、その先はさらに細いナノサイズの毛に枝分かれしている。これらの細い毛が壁面の凸凹に噛み合わさると、そこに「弱い力」が生じる。これは「ファンデルワールス力」と呼ばれ、原子や分子の距離の6乗に反比例して働く。ヤモリはこの力により吸盤や粘液が無くとも、垂直の壁などにも貼りつくことができる。

 2000年にこれらのメカニズムが判明して以降、これを応用した粘着剤を使わない吸着材料の研究が世界中で進められるようになり、国内では日東電工と大阪大学が、カーボンナノチューブを用いた「ヤモリテープ」を開発した。強力な接着力と、簡単にはがせ、接着面を汚さず、どんな被着体にも接着できるなどの特徴を持つ。

6.サメ肌の高速水着

レーザーレーサー素材
サメの肌拡大図

 サメは獲物を追う時は時速70~100Kmに達するという。その秘密は上図左のような楯鱗(じゅんりん)と呼ばれる小さな歯のようなウロコに覆われた皮膚の構造にあった。このしくみに着目した英Speedo社は、NASAや多くの研究機関の協力を得て、試行錯誤を繰り返し、競泳用水着の開発に成功した。

 「レーザーレーサー」と名付けたこの水着には次の特徴がある。

第1は素材の構造で、上図右のように、深さ0.1mm×幅0.5mmで間隔1.0mmの溝とうろこ状の撥水プリント加工をした。この溝の内部に小さな縦渦が生じ、表面に発生する乱流を打ち消す。さらに、うろこ状の撥水プリントがより大きな縦渦を発生させ、乱流をさらに抑える。

第2は素材の構成で、従来の水着のパーツ12個を立体裁断で3個にし、超音波で接着して縫い目をなくした。さらに、要所に特殊なポリウレタンのパーツを接着し、体の締め付け効果を高めた。

第3はデザインで、全身を覆ったフルスーツというデザインにした。

この水着は、2008年の北京オリンピックで驚異的な効果を発揮した。世界新25個中23個、金メダル34個中32個がこの水着の着用者だった。

この結果が論議され、2010年、国際水連はこの水着の公式競技での着用を禁止した。

7.ガの複眼:

 蛾の目(モスアイ)は右図のような複眼構造で、個眼は100ミクロン程度の直径を持った円錐体で反射が少ない。この構造を取入れた無反射フィルムは、光の反射を極力抑えて「映りこみ」をなくす反射防止技術としてテレビ、スマホ、パソコン、美術品ケースなどに適用されている。

8.ホタルとオワンクラゲの光

ケミカルライト

ホタルの体内には、発行体「ルシフェリン」と発光を助ける物質「ルシフェラーゼ」とがあり、これらと気管から送られる酸素との化学反応で光る。発光間隔はホタルの呼吸のリズムによる。 

ホタルイカや夜光虫も、同様の化学反応で光る。このしくみを応用し、宇宙でも安全に使える照明器具の開発が進められたが、アウトドアや非常用器具、ケミカルライト、釣具などに応用されている。

ケミカルライトには蛍光液が入ったガラスケースと酸化液が入ったプラスチック製の容器が密閉されており、容器を曲げるとガラスケースが割れ、2つの液体が混ざり化学反応を引き起こす。

オワンクラゲ

 オワンクラゲの体内には、発光タンパク質である「イクオリン」と緑色蛍光タンパク質GFPとがある。興奮すると、イクオリンと細胞内のカルシウムが反応して一瞬青色に発光し、その光によりGFPが緑色に発光する。

  ボストン大学名誉教授 下村脩博士は、イクオリンとGFPを発見し分離することに成功した。このGFPは、体や細胞の中で働く他のタンパク質に付着して光を出すことができる。そのため、がんの増殖を調べるなど医学的な分野で広く使われるようになり、これが評価されて2008年ノーベル化学賞を受賞した。                       

9.海藻と波力発電

 ブルケルプ(bull kelp下右図上)はオーストラリアや北米などの海岸沿いに繁茂し、揺れる水面下で長い葉部をなびかせ、葉は10mにもなる大型の海藻である。                 

ブルケルプとバイオパワー

 オーストラリアのバイオパワー

システムズ社は、海中で揺れる海藻の動きに着想を得て、「バイオウェーブ」という波力発電装置を開発している。全高25メートルの装置で、潮流による揺れを回転運動に代え、それによって発電機を駆動している(右図下)。この発電設備は波が荒れた時には破損しかねないため、    

浮きの部分が海底面と平行になるように横倒しになり、装置に過剰な力がかかることを防いでいる。この方式は鋼製のケーソンなどで海底に固定する必要がなく、コストが抑えられるが、これも海藻の態様を模している。

10.フナクイムシとシールド工法

M.ブルネルは造船所で丸い穴だらけの木片をみつけ、これがフナクイムシの仕業であることを知った。フナクイムシは体長30~50cm(1m超もある)の2枚貝の仲間で、頭に1cmほどのやすり状の貝殻がある。これを回しながら木に穴をあけ、内壁が水でふやけないように分泌液で固めながら堀り進む。

フナクイムシ

1818年ブルネルはこれをヒントに画期的なシールド工法を発明する。1798年、ロンドンでテムズ川の底を貫通するトンネルが計画され、1807年着工したが失敗を重ね数年で中止となった。           

 10年後、この計画に強い関心を持ったブルネルはロンドンの富豪や議会に働きかけ、この計画の再発足が認められた。決め手となったのは当時のロンドンの混雑した交通事情と彼が発明した画期的なシールド工法だった。

テムズトンネル工事図

1825年、シールド工法で着工するも度重なる浸水で2年後中断、1834年再開し1843年に396mのテムズトンネルを完成させた。                

現在のシールドマシンとブルネルのシールドマシンの概略を次図に示す。                

現在のシールドマシンの構造

     

ブルネルのシールドマシン

11.カミキリムシとチェーンソー

現在のチェーンソー
初期のチェーンソー

 チェーンソーは、18世紀にスコットランドの2人の外科医が開発したという説と1830年代にドイツの整形外科医ベルンハルト・ハイネが開発したという説がある。

 手術用の器具として開発されたが、20世紀になると伐採などのために使用されるようになった。

カミキリムシの幼虫

木材伐採者で発明家のJ.コックスはチェーンソーのヤスリ掛けやその他の手入れに多くの時間を費やすため、その解決案を摸索していた。1946年、林の中で作業中にカミキリムシの幼虫が顎を左右に動かし、固い切り株を自由自在に噛み砕きながら潜り込んでゆくのを目にした。翌年、これをヒントにC型の刃を左右交互に配置した画期的な刃のチェーンソ―を発明し製品化した。

現在のチェーンソーの刃

1:本体                              

2:上刃 

3:ハサキ

4:横刃                 

5:デプスゲージ           

        

12.タマムシの構造色

 自然界の色は、色素による「色素色」と光の波長に近い微細な構造に光が当たって発色する次頁の図のような「構造色」がある。

(「桝井捷平/MTO技術研究所」 から引用)

                        

 タマムシの鮮やかな色は構造色で、タマムシの皮膚にあるナノレベルの約20の層で反射する光の多層膜干渉によるものである。この現象に注目した中野科学は、ステンレスの表面に透明な酸化皮膜を作り、厚さを0.1ミクロン単位で変化させる技術を確立した。ステンレス表面に塗料を使わずに、様々な輝きを与えることを可能にした。この技術は、食器(右図)や台所設備、医療機器、装飾品から自動車など幅広い分野に応用できる。多様な対象物への鮮やかな発色とその耐久性の実現、色素を使用しないための安全性、リサイクル性、環境保全性が高く評価されている。

13.フクロウ、カワセミと新幹線

平成元年(1989)スタートした山陽新幹線「500系」の高速化において、最大の課題は騒音対策であり、騒音は車内騒音、沿線騒音、トンネル通過時の轟音などである。

技術開発室長で日本野鳥の会会員でもある仲津英治氏らのプロジェクトチームが、フクロウとカワセミとからヒントを得て、2つの騒音問題を解決したいきさつが興味深い。

フクロウの羽のギザギザ
ギザギザ拡大図
パンタグラフ

 第1は、車両の屋根に付けられたパンタグラフの支柱から出る大きな騒音である。鳥に詳しい仲津氏は、自然界で一番静かに飛ぶことができるフクロウに着目した。フクロウの羽には他の鳥にはないセレーションといわれるギザギザがついており、これにより羽ばたく時に細かい渦が生じ、羽ばたき音を小さくしている。この仕組みを生かし、支柱部分に小さな突起をつけ、小さな渦を生じさせ騒音を30%減らすことに成功した。    

第2は、「微気圧波」である。列車が高速でトンネルに突入すると、トンネル内に「圧縮波」が生じ、出口にさしかかると圧力波は一気に放射される。この時、「ドン」という大きな騒音を生ずるため「トンネルドン」といわれる。この対策に日夜研究を重ねる中で、カワセミからヒントを得た。カワセミは、餌を獲るために高速で水中に飛び込むが水しぶきがとても小さい。それは嘴の形状にあることが分かり、これをヒントに先端が15mのロングノーズといわれる新幹線が開発された。走行抵抗30%減、時速300Km(10%向上)、トンネルドン解決、消費電力15%減などを達成して平成9年(1997)「のぞみ」としてデビューした。

一方、ロングノーズにしたことや車両断面を円くしたため、次のような問題が生じた。

・先頭車両の定員12名減
・先頭車両に運転席乗車口が設けられない
・急カーブでの減速度が大
・トンネル内などで気流の乱れによる車体の振れが大
・客席が窮屈

平成11年(1999)、500系に代わり700系が登場した。航空機の設計手法を応用し、先端の長さを9.2 mとしながらトンネル微気圧波を軽減させると共に、トンネル内での車体の動揺を抑えることを実現した。最高時速は285Kmとなった。

500系
カワセミ
700系

         

                                                                            

参考図書 「小さき生き物たちの大いなる新技術」KKベストセラーズ
     「生物に学ぶ技術の図鑑」成美堂

以 上

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