追悼の辞「山本杢兵衛(名誉支部長)様を偲ぶ」藤岡晃喜(昭33短電)(支部会報第44号より)

追悼の辞「山本杢兵衛(名誉支部長)様を偲ぶ」

藤岡 晃喜(昭33短電)

当支部を生み育てられた名誉支部長山本杢兵衛(享年95歳)様が、令和元年11月24日、幽明境を異にされた。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。山本様は、当時の社会ニーズであった「すぐつく電話・すぐつながる電話」の実現のため、昭和40年(1965)電電東京から電電茨城の司令塔としてご栄転になり、建設課長、施設部長の最重要ポストでご活躍された。

昭和43年(1968)に志を達成するために脱サラされて、茨城電話工業(株)を創立し、地域の習慣や伝統・強さ弱さなど熟知のソフト生かして会社運営に奮闘された。昭和53年、全国電設協会関東支部幹事となり茨城の同業社を束ねられた。特に、日進月歩で変化する情報通信技術に対応するため、自・他社の社員を問わず技術の研鑽に努められた。昭和63年5月、永年役員功労で全国電設協会賞、同年11月、電気通信産業功労賞を受賞された。平成9年春にはプロとして業務に精励し、衆民の模範となる技術の事績が認められて、栄えある黄綬褒章を受章された。

この間にも「同窓会は新しい情報源で掛け替えのない絆であり財産だ」との変わらぬ主張で、昭和51年 1月に出身母校日立一高同窓会理事に就任、同校地域同窓会再編成などに鋭意奔走された。4月には茨城大学工学部同窓会全国組織の多賀工業会(現在14支部で組織)第4番目の水戸・勝田支部を設立され、昭和61年には自ら当支部長(多賀工業会本部副理事長を兼務)となり、会報の発行・茨城懇話会・真弓会・識者の特別講義・外部受賞者祝賀会やゴルフ、囲碁、将棋などの趣味クラブなど人生を共に讃えあう幅広い編成とされた。平成4年の工学部創立50周年記念事業では、募金目標3倍の1億2千万円を集められて、他分野までの手広いネットワークに驚嘆させられた。平成9年多賀工業会永年功労賞を受賞された。平成10年には当支部に喋る、笑う、ストレス発散を目的とした元気会が併設された。

活力の塊で天衣無法の山本様は多くの人の力、人の心をまとめあげ、時の流れの音を敏感に聞き、常に先頭に立って山本旗を振りかざし、共に楽しさを求めあう地方のヒーローでした。

合掌

会社創立50周年記念日に元気会から花束贈呈 右側 山本様
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