寄稿 「不言と有言」(支部会報第46号より)

本澤 壽郎(昭49院子)

【入社したての戸惑い】

既に退職して久しいが、入社したての頃には誰もが戸惑うことが多いものである。 その中の1つを思い出したので紹介したい。それは「有言実行」という言葉を聞いた時である。
 私は「不言実行」の誤りではないかと疑った。
 ところが上司は「目標を立てて公表し、責任を以って実行せよ」と言う。そこで「なるほど誤用などではなかったのだ」と納得した。

【不言実行】

 それまで私の知っていた格言は「不言実行」であり「雄弁は銀、沈黙は金」であった。それこそが奥ゆかしい日本人が持つ美徳であると教えられてきた。
 少しばかり調べてみた。その結果これらの諺は世界を巡って伝えられてきたようだ。言い方は色々とあるが、英語では「不言実行」をaction before words と言ったりする。「雄弁は銀、沈黙は金」は Speech is silver, silence is golden である。
 この「雄弁は銀・・・」は、既に9世紀にアラビア語で書かれた文献があって、その後何世紀にもわたってスペイン語で使われたらしい。その後欧州に広く伝わり、ドイツで流行し、米国のドイツ系移民が英語圏に広めた。英語で初めて使われた記録は、スコットランドの作家トーマス・カーライルが1836年に発表した「衣装哲学」の中にあるとされている。

【有言実行】

  会社に入ったら「有言実行」という諺と「声の大きな人が幅を利かせている状況」にしばしば出会った。栃木の田舎で生まれ育った私は自己主張が苦手であった。そのために大声で自己主張する人に気後れを感じ、一方で羨ましく思ったことを覚えている。
 「有言実行」は「不言実行」をもじって作られた。「有言実行」するには勇気が要る。それ故に会社では必要な行動パターンとされている。

【実際の会社生活での戸惑い】

 入社して30年程も経った頃、会社では「成果主義」制度を取り入れることになった。正に「有言実行」を地で行く制度である。
 期初めに「自己目標」を立てて上長に提示して、期末に達成度を申告する。その達成度を上長が評価して、賞与や昇給を定めるのである。
 それは長い間会社生活を送った後のことではあったが、未だ田舎者から脱し得ない私には、馴染み辛い制度であった。幼少期から培われた性分なのか、自分の行動を自慢げに申告することをどうしても卑しい行為だと感じてしまうのである。
 制度運用には難点もあった。目標の立て方や達成度の申告には個人差が大きかった。極めて高い目標を立てて未達成と申告する人も居れば、全くその逆の人も居る。
 目標申告時に上長が正しい指導をすることが大切であるが、これが極めて難しい。申告者に遠慮して低い目標のまま認めてしまうと、目標が簡単に達成されてしまうのである。その結果「個人の目標は達成、部門の目標は未達成」となってしまうこともある。

【成果を誇る前に責任を果たす】

 「成果主義」では自ら進んで責任を引き受けてその責任を果たし切ることが大切である。「責任」を正しく認識しないと制度自体が機能しなくなる。

―蛇足の自己紹介―

 責任を追及されて「法的問題はない」と答える政治家や瑣末なことをたいそう自慢する人にしばしば出会うことがある。
 自分の来し方を振り返ってみると殆ど誇れる成果がないことが寂しい。それだけにあまり自慢話をすることも無かった。それでも、時には酒の勢いでつまらぬ自慢話をしたことがある。そのたびに石川啄木の次の歌を思い出して後悔したり反省したりしてきた。

「非凡なる人のごとくにふるまえる後のさびしさは何にかたぐへむ」

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