7月に引き続き今年度2回目の元気会(自己啓発・グループ勉強会)を開催しましたので、以下に講義内容を紹介します。
今回の講義は、坂場 英太氏(昭55院精)と吉田 一廣氏(昭34機)が担当しました。
2022年11月15日
元気会幹事 天野慶次郎(昭56学機)
魚にも自分がわかる
開催日:2022年11月9日
講師:坂場 英太(昭55院精)
今日の話題は、「魚も自己認識できる、あるいは自己意識や自意識を持つ」という研究の紹介で、原典は、幸田正典著「魚にも自分がわかる―動物認知研究の最先端」という本です。
この方はホンソメワケベラという小さな熱帯魚を使って、「鏡に映った自分の姿を見て、それが自分だとわかる」という研究をされています。
1.魚の脳とヒトの脳
魚の脳とヒトの脳は、前世紀までは全く別物だと思われていたが、今世紀に入ったころから動物の脳の研究が大きく転換してきて、似ている或いは同じであるとわかってきた。
前世紀の脳の捉え方は、下記のようなものであった。(図1)
- 脊椎動物の進化の初期段階である魚類には、単純な構造の脳しかない。爬虫類、哺乳類と進化が進むにつれ、新しい脳が付け加わった。
- 霊長類などの哺乳類の段階になって、さらに複雑な働きを持つ大脳新皮質が加わり、現在の進化した哺乳類の脳ができた。
新しい脳の進化についての捉え方は、下記のように変わってきた。(図2)
- 魚類の段階ですでに大脳/間脳/中脳/小脳/橋/延髄と、脳は基本的に完成していた。
- この6つの脳の構造は、魚からヒトに至るまで脊椎動物のなかで共通している。
- 動物群間での脳の大きさや形、内部構造は多少の違いはある。
私たちの学生時代には、大脳新皮質は哺乳類になって付け加わった、と習った。しかし近年の研究でそうではないことがわかってきた。
哺乳類の大脳新皮質は6層構造をしており大脳の表面を覆っているのだが、鳥類ではその部分が層ではなく大脳の中に固まりとして存在しており、その機能も大脳新皮質と同じであるらしいということが分かってきた。さらに最近になり、この大脳新皮質に相当する固まりが、魚類の脳にも存在することがわかってきた。
つまり魚からヒトまで共通した脳の構造を持っているということは、魚の知性が高くてもなんら不思議ではないことを示している。(図3:魚の脳)
2.動物の鏡像自己認知
動物が鏡像自己認知できることは、なんらかの自己意識を持つことを示している。つまり鏡に映る姿を自分だと認識できるかどうかを確かめるのは、自己認識ができるかどうかを調べる重要な方法のひとつである。従来、鏡像自己認知ができるのは、ヒト、チンパンジー、オランウータンなど類人猿のみと考えられてきた。それが今世紀に入り、イルカ、ゾウ、そしてカラスの仲間カササギでも、自分の鏡像が自分であると認識できることが確認された。
3.魚の鏡像自己認知研究の端緒
魚は鏡像自己認知ができない、というのが世界の常識だった。しかし、魚からヒトまで共通した脳の構造を持っているなら、魚にも鏡像認知ができるのではないか。以下はその研究例。
3.1.魚も顔で個体を認識する
魚は体の模様ではなく、ヒトと同じで、相手個体の顔を見て個体識別をしていることが、わかってきた。しかも、顔認識のために発達した神経基盤も、ヒトと魚で共通しているようだ。こうなると、脊椎動物の顔認識のやり方は魚類の進化段階で出現したのではないか、とさえ考えられる。
3.2.ホンソメワケベラ(熱帯魚)に鏡を見せる実験
ホンソメという魚に鏡を見せると、図4のようなチンパンジーと同じ行動パターンが見られた。これは、ホンソメもチンパンジーと同様に、自己鏡像認知ができるのではないかと思われる証拠のひとつである。
3.3.ホンソメワケベラに寄生虫に似たマークを付け、鏡を見せる実験
ホンソメに麻酔をし、寄生虫に似たマークをつける。麻酔から覚めた後に鏡を見せると、寄生虫に似たマークを認識し、ホンソメは砂底でマークの付いた部位を砂で擦った。さらに擦った直後、擦った部位を鏡に映してもう一度見ていた。つまり寄生虫らしきものが取れたかを、確認しているかのような行動をとった。
この行動は、ホンソメが自己鏡像認知している決定的に強い証拠と考えられる。
4.まとめ
著者はこの本の中で魚も自己認識ができることを述べているが、ヒトと同じような自己意識があると主張しているわけではない。また自己意識があったとしても、どんなものかの研究自体がなく、著者自身の研究も道半ばのようである。しかし、魚が鏡像自己認知できる、としか考えられない研究結果がでてきたのも事実である。魚にも自己認識ができるということになると、人間だけが賢い、という常識にも大きな疑問を投げかけることになる、と著者は述べている。
5.おまけ
魚も自己鏡像認知できるという研究を紹介したが、驚くことに「タコ」もまた鏡像認知できるのではないかという。タコやイカが非常に賢いということは知られていた。そこでタコやイカを使った自己鏡像認知の研究が最近進んでいる。近い将来、タコやイカも自己鏡像認知できる、という研究結果がでるかもしれない。
(参考文献:「魚にも自分がわかる」寺田正典著 ちくま新書)
研究力アップへ 大学ファンド
開催日:2022年11月9日
講師:吉田 一廣(昭34学機)
〈講義資料より要点のみ列記します。〉
◆日本は研究力の低迷が叫ばれて久しい。国立大学が2004年度に法人化され、国の運営費交付金削減が続いたことによる研究環境の悪化が指摘されている。
◆日本の研究開発費(19年)は官民合わせて約18兆円で近年横ばいが続く一方、米国は約63兆円、中国は約53兆円と大きく差がある。
◆海外の主要大学は独自にファンドを設置し、米ハーバード大の基金の規模は4.5兆円を超え18年度の運用益は2000億円超に上る。
◆米国では大学へ資金を寄付する文化も根付き、日本の大学の寄付金とは10倍以上の開きがある。
◆資金力の差は研究力の差にも反映され、日本は影響力が大きな学術論文(被引用数上位10%)の数の国別ランキングで過去最低の10位に後退。
◆日本は、不安定な任期付き雇用の増加による若手研究者を取り巻く環境の厳しさも問題となっている。こうした状況の打開策として打ち出されたのが大学の支援金を運用益で賄う大学ファンド構想だ。
◆文部科学省は、10兆円規模の大学ファンドの基本方針をまとめ、11月2日の同省の有識者会議で了承された。助成金を配分する支援校の認定基準を「質の高い論文が直近5年間で1000本以上」などとした。
◆支援校は数校に限定し、2024年度に年3000億円と見込む運用益の配分を始める。支援期間は最長で25年、6~10年毎に支援継続を判断する。
(出展: 2021年11月13日付毎日紙、2022年11月3日付毎日紙)